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長崎地方裁判所 昭和24年(行)48号 判決 1949年12月27日

原告

林重治

外十一名

被告

長崎市長

主文

被告が、原吉林、迫田、住谷、柿本、持田、中島、松島、樅木の八名に対しては昭和二十四年九月二十二日、その他の原告四名に対しては同月二十七日、それぞれ為した解雇の意思表示は、これを取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

請求の趣旨

主文同旨の判決を求めた。

事実

原告等は、いづれも被告が主宰する長崎市に雇傭せられている職員であつて、別紙記載のような身分と、長崎市役所従業員組合(同市従業員を以て構成せられたもので以下単に組合と略称する)の組合員で、その大部分は組合役員たる地位を有するものであるが、昭和二十四年九月十七日偶々長崎市職員定数条例(以下単に定数条例と略称する)が通過成立したのを奇貨として、同条例に基くものであるとして、被告は同年九月二十二日及び同月二十七日の両回に亘り人員整理を断行し原告等のうち林、迫田、住谷、柿本、持田、中島、松島、樅木の八名に対しては同月二十二日、その他の原告等に対しては同月二十七日それぞれ解雇の意思表示をして、右条例による行政処分をするに至つた。

然し乍ら前記被告の行政処分には、次に述べるような違法な点があるので、その取消を免れないものである。

第一、右条例に所謂過員でないものを解雇処分に付している。

(一)  定数条例が可決制定されるまでの経緯。

長崎市当局は、これまで屡々同市には首切りのための定数条例の必要のないことを言明していたのであるが、昭和二十四年九月十六日になつて突然同市長は、長崎市役所従業員組合との間に業務協議会を開催し、長崎市職員定数条例を附議したので、組合としてはこれに反対し理事者側と意見対立のまま全員退場した。ところが同市長は、組合の反対を押し切つて翌日の市議会に定数条例を上程し、同議会に於ては討論の後総務委員会に付託し、同委員会は審議の結果七対二で理事者案を否決したのであるが、その結果が本会議に報告された後無記名投票によつて右委員会報告を採択するか否かを問うた結果、反対二十四、賛成八で同委員会案は否決され、次いで理事者提出案について改めて無記名投票を行つた結果、再び賛成二十四、反対八で右定数条例は遂に可決成立するに至つたのであるが、その際市長は議員の質問に対し、出血は二十五名と回答しているのである。

元来市議会は、その前月の八月議会に於て、全官公労組代表である林重治が、長崎市役所等の首切り行政整理反対決議に関する請願書を提出した際、総務委員会及び本会議共に全員一致これを採択しており僅か一箇月後の本会議に於て、前記定数条例の可決をみたことは、如何にも奇怪千万なことであるといはなければならない。

(二)  新定員と現在員との比較。

右可決制定された定数条例に基いて、昭和二十四年九月二十二日午後三時第一回の首切りが、原告等八名を含む職員十五名に対し各課長より通告され、午後五時から市長によつて辞令が各人に交付され、同月二十七日第二回の首切りの辞令が原告等四名を含む九名に交付された。そしてその解雇の理由は、過員であり配置転換が不能というのであるが、それは全く筋道の通らない言ひがかりにすぎない。

大体今回の定数条例による新定員は千二百六十名で、現在員千二百十五名に比較すると四十五名も多いので、過員という者は一人も居ない筈である。又配置転換不能ということは、全く理由にならない。それは次に示す具体的な事例によつて、極めて明白である。即ち

(イ)  市長は昭和二十四年九月二十七日、三名の使丁(原告百田、古賀、大槻)を馘首し乍ら、その反面前日にあたる同月二十六日三名(阿野惣次郎、下田重造、石田秀信)十月三十日二名(深堀フサエ、近藤キクエ)、十一月七日二名(木村勇、浦川強)、以上合計七名の使丁を新規採用している。

(ロ)  同年九月二十二日、執行委員兼青年部副部長松尾豊(建築課技手)を過員として一旦馘首し乍ら、その後同人に当時公傷のため欠勤していたことが判明したため、右解雇を中止して今日に至つている。真に過員として不用の者であるならば、全快後一箇月の十月末日には新めて解雇しさうなものであるが、今日に至るまで従前通り勤務しているところをみると、真実は過員でなかつたものといわねばならぬ。

(ハ)  特殊技能者を採用せんがため、事務吏員を馘首すると言明し乍ら、同年十一月十七日附を以て事務吏員四名(平松繁、伊奈道彦の両名は、選挙管理委員会からそれぞれ市長室及び港湾課へ、渡辺正明、近藤三郎の両名は、監査委員からそれぞれ勧業課及び土地住宅課へ)を新に採用していることは、明かに過員でないことを証明している。

又配置転換不能ということは、過員でなければあり得ないばかりでなく、部課の設置確定が、その前提要件でなければならない。今回の被整理者のうちには、執行委員長以下七名の組合幹部が含まれているが、千余名の従業員のうちから組合代表として選ばれ、今日まで活動していること自体、無能でないことを実証しているばかりでなく、勤務状態も悪くなく職務上に於ても上司の命令に忠実に服従している。従つて配置転換不能ということは、事の真相でないばかりでなく、被整理者である原告等に対して解雇申渡前その配置転換についての意見を徴せられたこともなく、又今回の整理に際しはその発表前退職希望者の有無を調査した事実すらないのである。

従つて原告等に対する今回の解雇処分は、右定数条例そのものに違反した違法な処分である。

第二、昭和二十一年十二月二十八日締結された、労働協約に違反した解雇処分である。

市長が、組合の反対を押し切つて首切り定数条例を市議会に上程したことは、前述のとおりであるが、同条例成立後の昭和二十四年九月十九日組合闘争委員十八名が、市長室に於て市長と面会し、二十五名整理の件についてこれを確かめたところ、最大限二十五名を切ると明言したので、労働協約に従い当然組合と協議せねばならない旨を告げたのであるが、これに対し同市長は、組合とは協議せず一方的に行う旨を断言して遂に今回の整理を行つた。

然し乍ら、市当局と組合との間には昭和二十一年十二月二十八日以来労働協約が存在し、同協約の第五条によつて、従業員の任免については当然組合と協議すべきもので、又同じく第九条によつて、組合員が行う組合運動を理由に不利益な処分をすることはできないのであつて、昭和二十三年政令第二百一号公布施行後に於ても、右協約が有効であることは、同年八月三十日附人第四十号によつて、市長が部課長以外の人事については組合と協議する旨を通達し、又昭和二十三年九月末行はれた人事異動にあたつて、組合の反対を無視して組合員七名を馘首し、且主事三名の新規採用を一方的に発令したことに対し、組合がその非を攻撃した際、市長もその非を認めて組合との間に同年十月十三日覚書を交換し、且確認事項としてその違約のことを組合に陳謝している事実に徴しても明白である。尤も、今回の第一次整理当日である九月二十二日、市長から執行委員長宛前記協約は廃棄する旨を通告して来たことはあるが、斯様な一方的通告では無効であることを回答しておいたのであつて、市長の本件一方的解雇は右協約に違反した違法な解雇である。

第三、本件解雇は、組合幹部その他組合運動に精進したことを理由にしたもので、不当労働行為である。

今回の整理による被解雇者二十四名中、組合幹部が十名で、馘首者の四割強にあたり、執行委員十名のうち、委員長、副委員長、書記長の三役の外、他の委員二名計五名の最も活動的な執行部員を馘首し、尚この他に婦人部長前婦人部長にして組合専従者たる書記局員までも馘首し、書記局を全滅させたことは、理事者側が如何に説明しようとも明かに組合の弱体化を狙つたものといわねばならない。

殊に、委員長、副委員長及び中央執行委員として目下東京に駐在中の書記長の三名は、組合専従者で市長もこれを承認していたのであつて、昭和二十五年の改選期までは、現在の地位を動かせない筈で、解雇にあたる理由は少しも見あたらない。

組合幹部を切れという声は、今年春行われた時間闘争以来市議会の一部にあげられていたところで、右定数条例の通過に便乗して理事者側も組合幹部の馘首を意図し、本件解雇処分に出でたものであることは、その後一、二市会議員その他の言動によつてこれを窺知することができる。表面から思想や組合運動を理由に弾圧することは、「ポツダム」宣言及び極東委員会十六原則の趣旨を表明した憲法第二十七条、第二十八条、労働組合法第七条に違反することとなるので、殊更にこれを糊塗せんがために合法の仮面を被つたものには外ならない。

第四、労働基準法第二十条違反である。

更に定数条例附則によれば、整理の期限は昭和二十四年九月三十日までとなつているのに、右期限経過後である同年十月五日に解雇予告手当を手交する旨原告等に通知しているのであるが、斯様な解雇は、労働基準法第二十条に違反した違法無効な解雇であるといわねばならない。

以上述べた種々の理由から、長崎市が前記定数条例に基づく行政処分として、昭和二十四年九月二十二日及び同月二十七日の二回に亘つて、原告等に対して採つた解雇処分は、手続上からも実質上からも違法な処分として取消しを免れないのであるから、茲に本訴提起に及んだと述べ、被告の答弁並び抗弁事実を否認した。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求は棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、

原告等は、既に長崎市職員たる地位を本件解雇処分によつて喪失したのであるから、その取消を求めるためには地方公共団体である長崎市を被告として請求すべきもので、執行機関である長崎市長を相手方とすべきものではない。従つて本件訴は被告を誤つた不適法な訴であると述べ、

次に本案について、原告等が以前長崎市に雇傭された職員で、その主張のような身分、地位を有したものであること(但し専従職員たる点を除く)、定数条例が長崎市議会に上程せられ、その主張のような経過を辿つて可決成立するに至つたもので、同議会に於て市長が最大限二十五名の整理を意図していることを言明したこと、更に右定数条例による過員として前後二回に亘つて解雇処分を行い、その員数が原告等を含めて約二十四名であつたことについてはいずれも認めるが、その他の原告等主張事実は総て争う。

第一、原告等に対する今回の解雇は、右定数条例に基づく過員の整理で何等違法でない。

(一)  右定数条例による新定員が千二百六十名で、当時の現在員千二百十五名と比較して、四十五名上廻つていたことは、原告等主張のとおりであるが、長崎市の事務は地方自治法第二条に例示されているように多種多様に亘り各異つた分野の事務があるのであつて、只人の頭数を揃えれば事足りるというものでなく、適材適所の配置と相俟つて事務の完全能率的な運行を図らねばならぬので、これを充実させるためには七十名の新規採用を必要とし、殊にこれらの地位は特殊技能者たることを要求していたので、原告等を含む今回の被整理者は、その配置転換が不能であつたのである。

そして前示定数条例は、わが国経済再建のため採られた均衡予算の必要から、去る昭和二十四年五月二十四日の閣議決定に於ける地方公共団体の人員整理に関する事項に基づき、同年六月二十日附長崎県総務部長から被告に発せられた「市町村職員の人員整理について」と題する通牒に従つて、市職員の定数を全体的に規定し、予算定員の増加だけによつて自由に定員を増加し得る従前の方式を根本的に改正し、且この過員整理の方法を分限条例によらず本条例自体によつて行うことができるようにしたもので、市長は、その所管に属する部門の常勤者の定数を、吏員とその他の職員とに大別し、その部門内の配分は、市長が市政運営上独自の見解で支障ないように定め得るものとし、因つて生じた過員は、市長に於て自由裁量により免職し得るものとしたのである(右条例第二条、第三条、附則第二項、第三項)。そこで該当部門内の配分は、人事の配置計画であつて当然市長の自由裁量により決定さるべき事項であるから、市長が自分の所管に属する部門内の定数を定めた結果、吏員及びその他の職員で配置転換不能のものがあれば、それを称して過員と云ひ、任命権者である市長が、事務配分の結果前示のような趣旨で、過員となつた原告等を解雇処分にしたのは、何等違法でもなく又不当でもない。

尚、右定数条例上程当時部課設置条例確定しておらず、又前記新規採用者として計上された七十名のうちには、十一名の長期療養中の技能者を包含していたこと、退職希望者を募らなかつたことについては、原告等主張のとおりであるが、これらは、前述の市長の裁量権に何等影響を及ぼすものでなく、更に原告等が具体的事例として指摘する平松繁以下四名の吏員の任命は、新規採用でなく人事交流の結果であり又使丁の採用は臨時の傭員にすぎない。

(二)  仮に原告等主張のように過員が認められないとしても、市吏員の任免行為は、市長の専権事項であるから、何等違法でない。

市長は、地方自治法第百七十二条第二項によつて吏員の任免を行うのであるから、現在員が定数条例に定められた定員に充たない場合に於ても、財政や事務の配分を勘案して自由に解職できる。従つて斯様な市長の専権に属する解職権の行使に対しては、何人も違法な行政処分としてその取消権を有しないのである。

このことは、同法第百七十二条第四項に、吏員に関する職階制、試験、任免、給与……その他身分取扱に関しては、この法律及びこれに基く政令に定めるものを除く外、別に普通地方公共団体の職員に関して規定する法律の定めるところによるとあるが、右にいう法律は未だ制定されておらず、又同法附則第九条においては、分限、給与……として任免に関する事項を除外しているのであつて、その他に市長の任免の行使について何等制限する規定のないことから明白で、従前の市制第八十九条に於ても、市吏員の任免権は市長の専権に属せしめ、これを制限すべき何等の規定も設けてなかつたのである。

今回の定数条例自体も、勿論斯様な市長の専権事項を制限しようとしたものでなく、唯吏員の定数を定めたものにすぎないから、右定数の範囲内で、市長は自由に吏員の任免を為し得るのであつて、原告等に斯る市長の自由裁量処分の取消を求める権利のないことはいうまでもない。又分限条例によらなければ、解職できない筋合のものでもない。

第二、労働協約違反なりとする主張について。

長崎市長と、原告等を含む長崎市役所従業員組合との間に、その主張のような労働協約があり、同協約第五条、第九条に、原告等主張のような内容の規定があつたこと、昭和二十三年八月三十日附人第四〇号の通達が発せられ又同年十月十三日附覚書及び確認事項のあること、及び第一次整理当日の昭和二十四年九月二十二日、執行委員長宛前記協約を廃棄する旨の通告を行つたことは、いずれも事実である。

然し乍ら右労働協約は、昭和二十三年七月三十一日政令第二百一号の公布施行によつて既に失効し、これに伴つて市役所業務協議会も当然消滅しているのであつて、前記人第四〇号の通達は、当時の客観情勢上爾後に於ける暫定措置として、人事に関し市長及び組合間に懇談的な協議をする趣旨で出されたものにすぎず、被告に債務を負はせたものではない。そこで市長は、定数条例上程に先ち一応これを道義上内示したのであつて、又九月二十二日に及んで為した協約廃棄の通告も亦、同協約の有効なることを自認していたものではなくて、誤解にもとづく将来の紛糾混乱を回避する趣旨から、これが失効している旨を改めて通知し、注意を喚起したに止まるのである。

第三、本件整理が、組合弾圧を意図した不当労働行為である、とする主張について。

今回の被整理者の大部分が組合幹部で、殊に市理事者に於て組合専従職員たることを認めていた執行委員長、副執行委員長及び書記長(同書記長は中央執行委員として東京に常駐)を不当馘首したものである、との原告主張はあたらない。

元来組合専従者は、組合自体が自主的に選任すべきもので、被告は右従業員組合から前示原告等三名が組合専従者であることの通知を受けたことがなく、昭和二十四年七月一日公布施行された「長崎市職員団体の業務に従事する職員の休暇規則」によれば、同規則による休暇を与えられた場合の外職員団体の業務に専従することはできないのに拘らず、右三名に対しては同規則に基く休暇の与えられたこともなく殊に東京駐在中の原告住谷は、前記規則の施行前である同年六月十一日既に従前の職務を任意に離脱し、その後に於ても何等正規の手続を採らない無断欠勤者に外ならない。

若し前記職員がその主張のような専従職員であるとするならば、給与の支払いを受け得ない立場にあるのであるが、原告のうち林、迫田の両名は本件解職に至るまでの間、従前通りその給与の支払いを受けていたのである。

又原告等の所属する長崎市役所従業員組合は、昭和二十一年三月結成され、従業員は課長以上を除いて総て組合に加入する建前となつているのであるから、原告等だけに組合活動と関連せしめて解雇処分に付したのでないことは、改めて説明するまでもないことである。又本件解雇が、組合弾圧を狙つてその書記局を全滅せしめたとする主張も、あたらない。現に原告等以外の組合員によつて、その後任者が補充選任され、何等組合事務に支障なく活動を継続しているのである。

第四、労働基準法第二十条違反なりとする主張について。

定数条例の附則に、原告等主張のような規定があり、原告等に対し十月五日解雇予告手当を交付する旨を通知したことは相違ないが、右基準法第二十条の法意は、右手当の即時支給を即時解雇の有効要件としているのではないから、この点に関する原告等の見解も亦失当である。

以上の理由から、被告の為した本件解雇処分には何等違法な点はなく、原告等の本訴請求は、いずれも失当として棄却を免れないと述べた。(立証省略)

理由

原告等がそれぞれ長崎市に雇傭せられた職員で、別紙記載のような吏員又は雇傭員たる身分と、長崎市役所従業員組合(以下単に組合と略称する)の組合員又は組合役員の地位(但し専従職員たる点を除く)とを有したものであること、昭和二十四年九月十七日長崎市職員定数条例(以下単に定数条例と略称する)が公布せられ、同条例に基づく人員整理として、前後二回に亘る原告等を含む二十四名の行政整理が為されたことについては、本件当事者間にいずれも争いのないところである。

そこで先ず、本件訴訟は被告を誤つた不適法な訴であるとする被告の抗弁について案ずるのに、本件訴訟は、定数条例自体の効力を争うものでもなく、右定数条例によつて市長に付与された過員整理の権限の行使が違法であるとして、同処分の取消変更を求める所謂抗告訴訟の一種に外ならないことは、原告等の主張自体から明白である。従つて斯様な種類の行政訴訟に於ては、行政権の主体である国家又は公共団体を被告とすべきでなく、右行政権の執行機関である処分庁を被告として、違法処分の迅速な回復救済を実現せしめる趣旨で、夙に行政事件訴訟特例法が制定せられ、同法第三条によつて右処分庁を被告として提起すべきことが規定せられているのであるから、原告等が長崎市長を被告として提起した本訴は、まさに右特例法に則つた適法な訴であるといわねばならない。

次に進んで、本件訴訟における争いの中心である右定数条例(成立に争いのない甲第三号証)に所謂過員の有無について、検討してみよう。

(一)  本条例に云う職員とは、助役、収入役を除いて二月以上の臨時の雇傭人を含むものとし、これらの職員を、市長、議会、選挙管理委員会、監査委員の事務部局、農地委員会、農業調整委員会、警察及び消防職員の八部門に分ち、市長所属の事務部局の職員を吏員とその他の職員とに二大別し、吏員を四百七名、その他の職員を八百五十三名以上合計千三百六十名を定数とし(同条例第一条、第二条)、右職員定数の当該部門内の配分は市長(議会、選挙管理委員会等に於ては議長、同管理委員会委員長等)が定める旨を規定し、更に附則に於て、右職員の定数は昭和二十四年十月一日現在で第二条各号に掲げる定数を超えないように同年九月三十日までの間に逐次整理されるものとし、それまでの間はその数を超える員数の職員は定数外にあるものとし(同条例附則第二項)、前項の規定による整理実施の場合、任命権者は過員となつた職員を免職することができる旨を規定している(同附則第三項)。

されば、右定数条例附則に基ずく人員整理の実施にあたつては、過員の存在を前提とし、右過員整理の範囲内に於ては、市長の良識ある処置に委ねて短期間内にこれが整理が完了し、わが国経済再建のため必要な均衡予算の確立を早急に実現するための過渡的な暫定処分であつたと解せねばならない。

(二)  そこで、本件整理施行当時果して被告の主張するような過員があつたか否かの点について仔細に検討してみるのに、市長所属部局の定員として、吏員四百七名、その他の職員八百五十三名、合計千二百六十名を計上しているのに対し、本件解雇当時における現在員が千二百十五名で右計上定員の数が、現在員の数を四十五名超過していたことについては当事者間に争いのないところで、被告は、当時特殊技能者七十名の新規採用を必要とし、右七十名中には病気療養中の長期欠勤者を包含するとしても、残余五十九名の占めるべき地位に関しては、原告等を配置転換せしめることが不能であつたから過員として整理を免れなかつたのであると主張するのであるが、この点に関する乙第一号証(甲第二十六号証と同一である)には、只吏員、その他の職員、療養中の特殊技能者の三項に分類し、右各項に包含される職権を掲記してあるのみで、その員数すら計上されていないのであつて、斯様な証拠によつては到底右被告の主張を肯認する資料とならないばかりでなく、成立に争いのない乙第八号証及び証人江指天地之助の証言によつてもこれを推知するに由なく、その他の被告の全立証に徴してもこれを認定することは困難である。

却つて、原告等が、右整理当時過員でなかつたことの証明資料として摘示した具体的事実そのものについて、被告が争わない事実(尤も同事実に対する見解については、吏員四名の採用ついては人事の交流であつたと主張するが、これを認めるに足る資料なく、又合計七名の使丁の採用については、臨時傭入れである点を弁明している)、成立に争いのない甲第十八号証(定数条例上程議会の議事録抜萃)、甲第二十七号証(証人松尾豊の証言によつてその成立が認める)、同第二十八号証の一乃至十一(原告本人林重治の供述によつてその成立を認める)と、右証人の証言及び同原告本人の供述を彼此対比して考察すれば、市長所属の部局にある各課は、昭和二十四年九月十日頃当時の予算定員千三百八名に対し九十三名の欠員があり、右欠員の補充は勿論国際文化都市としての長崎市に課せられた諸種の事務の円満遂行を期するためには、増員方を要求していたことが推知されるので、定数条例に規定された新定員の千二百六十名と比較対照しても、過員であつたとは到底認められない。

従つてこれ等諸般の事情の下では、前記定数条例の附則に則つて為された原告等に対する本件解雇は、違法であつたといわねばならない。更に被告は、地方自治法第百七十二条第二項、第四項、同法附則第九条を根拠として、所属吏員の任免は市長の専権に属するものとし、市長の自由裁量処分による本件解雇に対しては、これが取消を求め得ないと抗弁するのであるが、長崎市には昭和二十二年十二月二十四日吏員分限条例(成立に争いのない甲十四号証)、が制定されていて原告等のうち六名(林、迫田、住谷、柿本、樅木、森ノ木)が同条例に所謂吏員たる身分を有するものであることは当事者間に争いのないところで、同条例によれば、吏員は別段の定めるものを除くの外この条例によるのでなければその職を免ぜられることはない(同条例第一条)としてその身分を保障し、更に吏員が左の各号の一に該当するときはその職を免ずることができる。(一)身体又は精神の故障によつて、職務を執るに堪えないとき、(二)免職を願出たとき、(三)傷痍疾病を除くの外私事の故障により引続き六十日以上執務しないとき、(四)他の職業についたとき、(五)職務の内容を問はず吏員の体面を汚がし、又は信用を失うような行為があつたとき、(六)職務上の義務に違背し、又は職務を怠つたとき(同条例第二条)と規定して、免職できる場合を列挙している事実を斟酌すれば、前記定数条例による過員の整理等特段の規定のある場合を除いて、吏員にその意に反して免職されない地位を保有するものと解釈されねばならない。被告の示す地方自治法第百七十二条第二項に掲げる普通地方公共団体の長が、その吏員に対して有する任免権は、右分限条例による制約を受けるものと解して何等妨げないばかりでなく、同条第四項にその制定を予想されている地方公務員法が未だ制定をみない今日に於ても同様であつて、地方自治法附則第九条に基ずいて政令として制定されている同法施行規程によつてもこのことは何等変更をみていないところである。

次に前記原告等六名以外の者のうち原告持田が雇、中島、松島が臨時雇、百田、古賀、大槻の三名が傭人たる身分を有することは、当事者間に争いのない事実で、成立に争いのない甲第九号証によれば、総て十月以上の勤続者で定数条例第一条に所謂職員(二月以上の臨時の雇傭人を含む)に該当するものであることが認められる反面、これらの雇傭人に関しては未だ地方公務員法が制定されていないので、直接の規定はないが、国家公務員法の改正法及び最近制定施行をみた日本国有鉄道法、日本専売公社法に定められた職員の身分と比較対照して考えるとき、普通公共団体の職員としての原告等の地位も亦、(一)勤務実績がよくないとき、(二)心身の故障のため職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えないとき、(三)その他その職務に必要な適格性を欠くとき、(四)業務量の減少その他経営上やむを得ない事由が生じたとき(公共企業体労働関係調整法第二条第二項、日本専売公社法第十九条、第二十二条、日本国有鉄道法第二十六条第一項、第二十九条、昭和二十三年法律第二百二十二号による一部改正後の国家公務員法第七十八条参照)の外その意に反して免職されることのない地位を保有しているものと解するのが相当で、斯様な解釈を採ることが、昭和二十三年七月三十一日政令第二百一号第一条の趣旨に沿う所以であるといわねばならない。

従つて被告の市長の専権に属する自由裁量処分であるとする右抗弁も亦、これを採用することはできない。

そして原告等のうちその一部分の者については、前記長崎市職員団体の業務に従事する職員の休暇規則(成立に争いのない乙第三号証)に定められた正規の手続を経ずして、或いは東京に常駐し、或いは朝鮮連盟解散命令の執行に際し長崎市警察署長に会見を申込む等、多少市吏員としての秩序を無視した行動に出でたものがあつたやに原告本人林、迫田の供述の一部によつて窮われるのであるが、これ等の点については被告に於て何等主張立証しないところである。

果してそうであるとすれば、被告が前示定数条例附則第二項、第三項に基ずき過員たりとの見地から、原告等に対し昭和二十四年九月二十二並びに同月二十七日の二回に亘つて為した解雇処分は、その他の争点については判断するまでもなく、違法処分として取消を免れないものといわねばならない。

そこで訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決すべきものである。

(別紙身分地位一覧表省略)

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